私は千葉から主人の故郷の福岡へ帰ることになりました。
私も働かないといけなくなり娘も赤ちゃんだったので働きに出ることも難しく保育園に入れない、それなら保育園を経営しようそう思い小さな保育園を私は始めました。

その時の私は保育士の資格がなく保育士を雇い、後ほど3年かけて私は保育士の免許を取りました。
料理下手の私は仕事と資格試験があることを言い訳に毎日外で買ったお弁当を食べる毎日。
園長先生であるのに食育については何も知らない、親御さんに質問されると答えられない私
そこで保育士をとったのち食育指導士という資格の勉強をしました。
少しずつだけど自分が料理をして食べることが必要と思うようになりました。
しかし、園長である私は365日ほぼ休みなく働いていたのでご飯もおろそかでした。
しかし毎日子供たちに会うのが本当楽しかったです。

保育園を立ち上げて3年経った頃、母の訃報が。
母は元気に過ごしていたけど59歳の若さで突然倒れて亡くなったのです。
母が住んでいる家に行った時気がついたことは母は毎日のようにコンビニのお弁当を食べストレスからお酒を飲み、それで亡くなったのだろうと感じました。
母の使っていた机の上には大量のサプリメントがありました。母は元気だといっても体がしんどかったんだなと思いました。
その時少し食について考える機会がありました。
そして母の悩みの日記がありました。
「自分は大学まで出て勉強してきたのに、結婚したら女は専業主婦しかできない。本当は仕事はしたかった。そのうえ自分は料理もできないし、何もできない。家事をしても何も認められないのが悔しい。子育ても下手だと近所の人がうわさもしていたし、主人と喧嘩ばかりでそんな自分は嫌だ。結婚なんてしなければよかった、子供なんて作らなければよかった、幸せになるはずで結婚したのに幸せになれなかったのがくやしい。」と。
その日記を見て母は世間から誰からも認められず寂しい思いをして亡くなったっだと思うととても心が辛くなりました。
そんな母のことがあっても保育園経営でのストレスも多くお料理をする余裕はありませんでした。
自分の体は疲れやすくなり、そろそろ保育園を畳もうと思ってた時看護師の資格を持ったお客様が保育園をしたいと言われ譲ることにしました。
